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ゆめこのひとりごと

しあわせプロジェクト

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ネットで

あなたにぴったりなペットは?
「はい」か「いいえ」で答えていくと
自分にぴったりのペットがわかるよ。
さあ、チャレンジしてみよう!

というのをやってみた・・

しつもん
「世話をすることが 好き」
「いいえ」

こたえ・・・「飼わないほうが いいかも」
(笑)やっぱりそうだよね~ (^▽^)

終わっちゃったので
「はい」にしてみた

次のしつもん
「めんどうくさいことは きらい」
「はい」

しつもん
「マイペースといわれる」
やっぱ「はい」だよね

こたえが出ました!
「あなたにぴったりなペットは カメです」


朝からネットで笑えました\(^▽^)/

笑いのおすそわけです
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マザーテレサ・の言葉の中から
もうひとつ ご紹介したいと思います


「たいへんな飢え」

なんとすばらしいことでしょう。
わたしたちは皆、神を信じていない人ですら、
何らかの仕方で神を愛したいと望んでいるのです。

では、神はどこにいるのでしょうか。
見えない神をどうやって愛するのでしょう。

 それをわかりやすくするために、
神はご自分を飢えている者、裸の者、家のない者となさいました。
 
 でもきっとあなたたちはわたしにたずねるでしょう。
「わたしたちの国のどこに飢えがあるのか。」と。

 はい。飢えはあります。
それは一切れのパンのための飢えではないかもしれません。
でも、愛へのたいへんな飢えがあるのです。

 神の言葉を求める、たいへんな飢えがあるのです。


わたしはあなたを忘れない―マザー・テレサのこころーより
(編訳/片柳弘史s.j.)




自分が欲しいものを ひとにあげましょう
やさしい言葉が欲しい人は ひとにやさしい言葉を

現実は 自分が出したものを 確認しているだけですから
今起こっていることを見れば 自分が出したものがわかります

自分が受け取りたいものを差し出すこと・・

それが平和への最短コース・・・

それが「愛」なのですね
同じ本ではありませんが
以前 やはり大切な友人からいただいていた
マザー・テレサの言葉の中に
深く考えさせられたものがありますので
もうひとつご紹介したいと思います


    

わたしたちは忙しすぎます。
ほほえみを交わすひまさえありません。
ほほえみ ふれあいを忘れた人がいます。
これはとても大きな貧困です。

多くの人は病んでいます。
自分がまったく愛されていない
関心ももってもらえない
いなくてもいい存在なのだと・・・。

人間にとっていちばんひどい病気は
だれからも必要とされていないと感じることです。

人は一切れのパンではなく
愛に、小さなほほえみに飢えているのです。

だれからも受け入れられず だれからも愛されず
必要とされないという悲しみ
これがほんとうの飢えなのです。

愛を与え 愛を受け取ることを知らない人は
貧しい人の中でも もっとも貧しい人です。

愛はまず家庭から始まるのです。
愛は家庭に住まうものです。

こどもたちは 家庭の中に愛やほほえみを
見つけることができません。
こどもたちはさびし過ぎるのです。
さびしさをまぎらわせるために
外へ 探し求めにゆくのです。


     


わたしたちは なぜ忙しいのでしょう?

しあわせになるために生きていて
Yさんへ

ありがとうございます

肉体はね
生まれたときから 死に向かって生きています
生きていることは 死につつあるってことかな

だれでも 明日をも知れないいのちを生きています

病気があるということは
一日一日を 誰よりもたいせつに生ききることを
決めてきたってことかもしれない

わたしもね
明日めざめないかなと思うような日もあって
息子の寝顔にあいさつをして
胸を抱くようにして そぉっと横たわることもあるけれど

そんな時
宇宙の渦巻きにすいこまれるみたいに
意識が遠のいていきながら 
やり残さなかったかな?って思うのよ

「これでいいのなら おまかせします・・」

 
朝 目が覚めると
ああ 時間をもらったなぁってうれしくて

だから毎日 忙しくても 何もしなくても
忙しいことを楽しんだり
何もしないことを感謝したりして
今生きていることに意識を向けて
選択して体験していることを よく味わうの

風で洗濯物がゆれていたり
葉っぱが太陽に向かっているのや
枯れた葉っぱの根元に
ちいさな芽が出ていたり

見回すと なにもかもがいとおしくて
胸がいっぱいになる・・・

どれだけ長く生きるかよりも
どれだけしあわせに気づいて生きるか・・
いまわたしには そのことのほうがたいせつに思えます

しあわせは 与えられるものじゃなくて
いまの生活の中で 気づいて感じるもの

気がつけば 気がつけば 感謝だらけの
奇跡だらけの しあわせだらけの毎日

うれしいな たのしいな しあわせだな ありがとう
(わたしのCDの宣伝になってしまった)

からだも 感じるこころも
たいせつにしましょうね

わたしもあなたを愛しています


ゆめこ
2008年秋の風から あなたへ


神をあがめるように 自分を敬いなさい
ひとに感謝するように 自分を慈しみなさい

あなたを罰する者は あなたしかおらず
あなたを赦す(ゆるす)者もまた あなたしかいない

あなたを病気にすることも 癒すことも
あなたを幸せにすることも そうでないことも
あなた以外の誰にも介入できないことなのだ

あなたの今の環境そのものが
あなたが今回生まれた目的を
もっともうまくあじあわせて
さらに愛に近づかせる・・思い出させる最短コースなのだよ

あなたが そのままの自分を受け入れて赦すとき 
あなたは あなたと同じように 
そうであるしかなかったそのままのひとたちを赦すだろう

あなたが そのままの自分を愛して抱きしめるとき 
みんなあなたと同じように愛を模索しながら
せいいっぱいを生きていることにうたれるだろう
すべては あなたから始まるのだよ

あなたが自分をどう評価しているかを
まわりがそのまま演じてみせる
そこは自分の中を写して見ている 鏡の世界なのだ

思いによって創造した世界を 体験して味わい 
そしてまたあらたに創造するために
あなたはあなたが選んだ衣服をまとい
あなたが依頼したキャストによって
あなたの書いたシナリオを
あなた自身が主役となって演じる舞台の中央に立っている

あなたの合図によって幕があき
あなたの思いと言動によって 物語は進み
あなたの気づきとあらたな選択によって
舞台はあらたな展開を迎えようとしているね

ようやく今 つらい場面をやり終えて 
あなたは感謝に行き着いたところ

生かされてきたことと
生きてきた自分への深い愛・・

それは あなたの舞台を共に演じた
特に あえて悪役を演じてくれたひとたちへの
深い洞察と 限りない感謝にかわるだろう

これからあなたが受け取るものは
新しい舞台の・・
感謝と喜びと祝福の舞台の主役なのだよ!


ここまでがんばって よく生きてきたね

こころから拍手をおくります
ひとりでいる孤独より
二人でいて孤独のほうがつらい

  どうぞ そばにいるひとに
  言葉をかけてください

二人でいて孤独より
大勢の中の孤独のほうが
さらに耐えがたい

  どうぞ まわりのひとに
  ほほえみをあげてください

  どうぞ 足をとめて 見つめ
  いたわりとおもいやりの言葉を・・

おそらくあなたが誰かに求めているものを
みんなも求めています
[手紙ー親愛なるこどもたちへ]
という詩が届きました。

この詩が送られてきた時、
私は会食中でしたが、
涙をおさえられませんでした。

その後、その歌に出会いました。

さらにしみじみ感動しました。


   曲をお聴きになりたい方は、コチラをクリックしてください。
  * シングルCDも出ているそうです。
  
 






今朝 目が覚めたら、
私の携帯に、こんな文章がありました。


[人間の価値]

赤ちゃんは
経験も言葉ももたないかわり
表現できない記憶と智恵をもっている

年をとると
記憶も からだの機能も 
失っているように見えて 
なにかが確実に豊かになっている


見える部分が減ると
見えない部分が増えて

誰も ひとより小さくも少なくもなく
大きくも多くもない

はじめから 終わりまで
誰でもみんな 同じ価値がある 


これからまた
とびきりの富士山が見られる季節です

朝も昼も夜も 
富士山は 必ずそこにいて
静かに見守ってくれていますが
見るたびに 違う美しさを見せてくれます

なんという安心と 
なんというぜいたく!

わたしの人生のアルバムには
富士山はずっと登場しつづけています

富士山の思い出は
わたしの歴史 人生史です

けれど 富士山に語りかけ
感謝と讃美をささげるようになったのは
ずっとおとなになってからでした

59才になって はじめて
富士山に手紙を書きました

   
    


[恋文として  富士山へ] 
               

富士山 あなたは
そこにそうして在るだけで

許し 受け入れて  
癒し 抱擁し   
勇気づけて 転回させ 
励まして 送り出す・・

あなたは 
父であり 母であり
静かな 師であり 
愛情豊かな 友であり 
そして 
私の人生の伴走者

あなたを 愛してやみません・・・


3才の七五三が終わったころ
父の入院をきっかけに
最終的に 母は私を 
父の実家に置いていった
祖父の説得にも 耳を貸さず

それほどに母は
傷ついていた

私は母を縁側から見送り 
それから下の道まで かけていって 
かげろうの中を足早に行く母の背中に
「バイバイ!バイバ〜イ!」
と いつまでも手を振った

追いかけては いけない・・・
そんな気がした

道のむこうに
富士山が くっきりと見えた


カナカナカナカナ・・・

ヒグラシの声で 
昼寝から目をさませば
庭先からしのびこんだ 
夕闇の中に ひとり

ほっぺたのよだれを
手でふきながら見回すと
家族の笑い声が 聞こえてくる

むこうの居間の障子が
明るくて まぶしくて

その障子をあけて
入っていけない
・・・5才の私がいた

もいちどタタミに 
ほっぺたをつければ
ひんやりとして

カナカナカナカナ・・・

うっすらと 目をあけると
縁側のむこうから 
黒いシルエットの富士山が
じっと見ていた


逃げていく所もなくなり
生きている自分を許せず
死ねない苦しみにもがいて
いのちを粗末にして生きた10代

死ぬ手段さえなかったあの時
舌を噛もうとした瞬間に
初めて生きてみたいと思った

もし 1/100でも可能性があるのなら
もし 逃げきれたなら 生きてみよう!

新聞紙と100円玉2枚握りしめ
広い道を避けて 
田んぼのあぜ道や 墓地の間を 
白い息を吐きながら
何時間も 走りに走った

朝もやの中で 
富士山が見ていた
どこまでも追いかけてきて 
だまって見ていた


東京に出て 仕事に就き
よもやの結婚をすることになり
初めてふるさとに連れてきた時に
彼が言った
「意外と小さいんだね 富士山。」

彼の視線のむこうにあったのは 
富士のすそ野の愛鷹山

私の指さす先を見た時の
彼の言葉を 今も思い出す
「大きすぎて 見えなかったよ!」

絵はがきのような 
立派な 
誇らしい富士山だった


驚いたことに 三つ子が生まれ
そして 離婚して・・
 
倒れた父と暮らす選択をして 
富士宮に家を借り
千葉から引っ越ししてきたのは
子どもたちが小学5年生になろうという
3月の終わりの夜

翌朝 雨戸を開けた私の目に
飛び込んできたのは
見わたすかぎりの・・ 
あたり一面の 茶畑の緑・・・

茶畑の真ん中には 
1本の桜の木
今が満開だった

そして 
桜の木のむこうには
なつかしい 富士山がいた・・・


友だちから借金をして
声をあげて泣きながら 
あの坂道を登り切った時も

あなたは坂の上で
両手をひろげて
私を待っていてくれた・・・


それから 父を見送り 
10年後に母を見送ったあと

うつのような日々が続き
ようやく外に出られた日の

晴れやかなあなたの姿も また
忘れられない・・


思えば 私のそばには
いつもあなたがいた・・・

そのあとに訪れる
奇跡のような展開や

何度も死のうとした私にさえも
こんなにおだやかな
感謝の日々が
用意されていたなんて・・・

七転八倒の生活の中では
想像すらできなかったけれど

あなたははじめから
すべてを知っていて
信じて待っていてくれた・・
今 私はそんな気がしています

私 生きていて 
本当によかった・・・

こんなふうに あなたは
すべてのひとりひとりを
沈黙の中で 永く 
支えつづけてきたのですね


これからも 見届けてくれますか
私の しあわせな最期
私たち人間の 心の成長
これからの 地球の行く末・・


あなたは 父であり 母であり
師であり 友であり 歴史です

ありがとうございます

あなたを 愛してやみません・・・
実は このところ
うしゃこにブログを占領されましたので

このたび うしゃこには別にお部屋をつくりました

あちらで ゴキゲンにしています

mixiの日記更新履歴には掲載されませんので
左のカレンダーの[うしゃこの部屋]をクリックして
時々 会いにいってあげてくださいね

こちらからもどうぞ
(携帯では見られません。ごめんなさい。)

このブログは
いままでのテンションに戻りますので(笑)
これからもどうぞよろしく
メロディとともに 
頭の中にこんなうたが流れてきました
美しい地球が 群青の宇宙空間に
くっきりと浮かんでいます




ー愛する仲間たちへー

ゆっくりと しかもあわただしく
2008年が終わっていこうとしている

短縮された 今日という時間
ゆれて ゆさぶられて 生きていますか

なんのために なにをしに
今 この時を選んで生まれてきたの

だいすきな この星地球の
おおきな変わり目にのっかって
一緒にジャンプしようと思えば

このくらいの変化と
このくらいのゆさぶりが必要なほど
わたしたちは 深く眠ってしまった・・

さあ 起きていこう!
すぐとなりに ほら 仲間がいる

その手をとって 目を見つめれば
今がその時だとわかる

すばらしい夜明けの前の
いちばん暗い時に
あなたが一緒にいてくれることに
こころから感謝します


この星にわたしは 何度来たの
そしてこれから 何度来るの

あなたとわたし 何度出会ったの
わたしたち 何度愛し合ったの

ともだちも そうでないひとも
いつも一緒だった 美しいこの星で
同じ歴史をつくってきた 愛する仲間たち

さあ 起きていこう!
すぐとなりに ほら 仲間がいる

その手をとって 目を見つめれば
今がその時だとわかる

すばらしい夜明けの前の
いちばんつらい時を
あなたと一緒にいられることに
こころから感謝します

さあ 起きていこう!
みんなで手をつなぎ しっかりと明るい方へ

さあ 起きていこう!
みんなで手をつなぎ しっかりと明るい方へ
愛する仲間たちとともに・・


「美しい星 地球のことを
 ずっと忘れずにいようと思う

 そこにあなたがいたことも」


(絵は「魂の旅」)
Copyright © Yumeko All Rights Reserved.

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